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動画・エッセイ集

エッセイ集

 インドの変化は早い。諸々の現象が、猛スピードで、しかも同時に起こっている。20年前に旅行者として初めてインドに足を踏み入れて以来、留学等で通算5年間以上滞在する機会を頂き、一通りのことはわかったつもりになっていた。しかし、近年の変化の早さは、自分の理解していたインドを大きく変えたようにも思え、訪れるたびに、到着後数日間は目眩にも似た不安感を覚える。外国人である自分に、一体何がわかるのか。とはいえ、時間も予算も限られている。結局は自分のやれる範囲でやるしかないと言い聞かせ、不安に立ち向かうのが近年の習性となっている。
 1991年に導入された経済自由化政策は、インドを「貧困とカーストの国」から「経済成長の国」へと変えた。講義で学生に尋ねても、インドといえば経済成長である。随分と変わったものだ。しかし、躍動する経済の下にあっても、貧困がなくなったわけではない。カースト制度に代表される社会的差別の問題が解消されたわけではない。研究者を志して以来、私が一貫して研究対象としてきたビハール州は、インドで一、二を争う最貧困州であり、暴力の甚だしさで知られる州である。宗教暴動、カースト間の暴力的対立、農村における地主・警察と左翼過激派の殺し合いなど、暴力の態様と頻度においても、貧困の程度と同様に、インドでの悪名は高い。インド人に、ビハール州を専門としていると自己紹介すると、喜んでくれるのはビハール州出身者だけで、他州の人は、半ば笑いながら物好きだなあという顔をして、それからビハールの悪口を始める。国際社会の中で出世しようとしているインドにとって、切り捨てたい存在なのかもしれない。
 しかし、悪口ばかり吹聴されるこの州で、政治的には革命と呼びうる事態が進行している。独立以来続いた社会的上層階層による支配が崩壊し、権力の中心は社会的中層階層に移った。これに伴い、社会的最下層に位置する不可触民も声を上げ始め、農村の伝統的な社会秩序は大きく変容している。政治の世界における下克上が社会の民主化を引き起こした事例と言え、先述の暴力はこれら政治社会的変化と密接に結びついている。
 ビハール州、そしてインドでおもしろいのは、これらの変化が、体制変動を伴わずに起こったという点である。下克上は、クーデタや革命によって実現したのではない。二年弱の非常事態体制期を除き民主制を維持してきたインドにおいて、繰り返し行われた普通選挙こそが、これらの変化を生み出した。先進国の基準からは想像を絶する様々な格差が存在する社会的条件の下で、60年間に及ぶ民主制の実践は、ゆっくりとではあるが着実に政治・社会の民主化を実現してきた。
 体制変動としての民主化の「第三の波」以降、途上国における民主化の意義について活発な議論が行われているが、民主主義の先達としてのインドの実験は、無視できない重要性を持っているだろう。そしてその重要性は、かつてダールが想定した民主主義を支える諸条件とはおよそかけ離れた事例、すなわちインド、そして、なかでもビハール州のような先鋭な事例を検証することによってこそ浮き彫りにできるのではないか、と私は考えている。

(出典:日本比較政治学会ニューズレター第24号2010年3月、「先端研究の現場から(2)」)
 経済成長とともに大きな社会変容の只中にあるインドにおいて、「不可触民」の現在を包括的に捉えることは容易ではない。私は、これまでインドの最貧州の一つであり、インドのなかでもカースト制度の縛りがきついと言われるビハール州で長年調査を行ってきた。以下の話は、個人の限られた観察に基づいていることを予めお断りしておきたい。
 「不可触民」というコトバから想像される、触れることはもちろん、目にすることすら「穢れ」として忌避されたような過酷な差別は、現代では姿を変えたように思われる。私の調査村でも、上位カーストと「不可触民」が茶店で談笑し、時には道端で肩を並べて話し込む姿は珍しい光景ではなかった。現代において「不可触民」という用語があまり使われなくなり、代わりに「ダリット」(被抑圧者)が用いられるようになったのも、憲法で不可触民制が廃止されたことに加えて、このような変化を反映しているものと思われる。
 だからといって、ダリットに対する虐待や差別がなくなったわけでは決してない。上位カースト男性によるダリット女性への性的暴行は現代の問題であるし、ビハール州においては、1990年代後半に上位カースト地主の私兵集団がダリットの農業労働者を虐殺する事件が頻発した。私は、ビハール史上最も残虐とされる私兵集団発祥の地で調査を行ったが、虐殺の背景には、カースト差別以外にも階級対立、政治的変化といった諸々の要因が存在することがわかった。それでもなお、差別感情は、重要な役割を果たしていたと考えている。
 極端な場合には殺し合いにまで発展する差別と闘うためには、どうすればよいだろうか。インドのダリットが大事にしてきたのが、民主主義である。インドのような格差の大きい社会において、バラモンの大地主であろうが、ダリットの農業労働者であろうが、投票箱の前に並べば一人一票しか持たないという平等性は、革命的な意味を持っていた。聞き取り調査によれば、約20年前までは、ダリットは上位カースト地主の言うなりに投票してきたと言う。ところが、自分の一票で社会を変えられることに気づき、自らの意思に従って投票するようになった。自由に投票を行うことは、上位カースト地主の意向にしばしば逆らうことを意味する。上位カーストは、時にダリットを殺害までして投票を妨害したが、ダリットは屈しなかった。その結果、確かに政治は変わった。ビハール州においては、昨年の州議会選挙でダリットに厚い福利厚生を実現することを約束した政府が再選され、隣州でインド最大のウッタル・プラデーシュ州ではダリットが権力を掌握する州政府が2007年に誕生した。このような政治の変化は、社会の変化も引き起こし、上のカーストによる嫌がらせも減少したという。
 一人が一票しか持たない民主主義は、自由と平等を実現する道具としては、時にもどかしい。しかしインド民主主義60年の実践において、ダリットは、非暴力的な方法で不当な差別を克服し、平等な社会を実現するために、民主主義を使いこなそうと懸命な努力を行ってきた。我々が不可触民問題に取り組む際に、見逃してはならない彼らの努力である。

(出典:WE21 JAPAN e-news WE スマイル・ネット、Vol.58、2011年2月1日)

動画・インタビュー集

12月10日(土)に行われた日本学術会議学術フォーラム「地球規模のリスクに立ち向かう地域研究 ウクライナ危機に多角的に迫る」の講演がYouTubeにアップされました。

発表タイトル:「インド:『漁夫の利』戦略の展開とクアッドへの影響」(中溝和弥)
発表時間:

1:32:10 – 1:52:00 インド:『漁夫の利』戦略の展開とクアッドへの影響

 

 

 

毎年エコ〜るど京大が京都大学の新入生向けに作成している環境早見表。
2021年度は「京都大学SDGsマップ」。 京大内のSDGsに関する活動や事例を紹介するマップです。 先生、イベント、建築物…などなど内容は盛りだくさん、この動画では、エコ〜るど京大メンバーが実際にキャンパス内を歩きながら、マップの掲載事例はもちろんのこと、よく使う建物などを紹介していきます。京大生ならではのトークも必見⁉︎ SDGsの達成は一人ではできません。この「京都大学SDGsマップ」によって、SDGsに興味を持っている人々が活動できる場や人とのつながりをつくることができますように。 

今回はアジア・アフリカ地域研究研究科の中溝和弥先生にお話を伺いました。 インドは絶対行った方がいい!と色々な人に言われるので、一度訪れてみたいものです…

0:40
 アジア・アフリカ地域研究研究科の説明
2:52
 アジア・アフリカ地域研究研究科の教育・研究の特色
5:03
 先生のインドとの出会い
8:15
 インドのカレー
10:05
 大学時代インドで印象に残っている光景
12:34
 先生の研究内容
22:17
 解決に向けて必要なこと
27:00
 SDGsについての思い
29:15
 新入生へのメッセージ